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劉知幾における史書の叙述をめぐる議論について
https://doi.org/10.57529/0002001946
https://doi.org/10.57529/0002001946d780f499-1045-4eb0-8fb7-5001eb5f5315
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| アイテムタイプ | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||||
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| 公開日 | 2026-03-24 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | 劉知幾における史書の叙述をめぐる議論について | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | リュウ チキ ニ オケル シショ ノ ジョジュツ オ メグル ギロン ニ ツイテ | |||||||||||
| 言語 | ja-Kana | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | A Study of Liu Zhiji's Discussions on Historical Narrative and Historiography | |||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 言語 | ||||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 劉知幾 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 『史通』 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 『春秋左氏伝』 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 実録 | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||||
| 主題 | 唐代学術 | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||||
| ID登録 | ||||||||||||
| ID登録 | 10.57529/0002001946 | |||||||||||
| ID登録タイプ | JaLC | |||||||||||
| 著者 |
名越, 健人
× 名越, 健人
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| ISSN | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | ISSN | |||||||||||
| 収録物識別子 | 02865823 | |||||||||||
| 抄録 | ||||||||||||
| 内容記述 | 本稿は、劉知幾(六六一~七二一)『史通』に見受けられる史書の叙述をめぐる議論、すなわち如何なる文体や言語を用いて、史実を記録するかをめぐる問題に検討を加えるものである。そして、その背景に存した修史上の立場や意識について考察し、劉知幾の学術の一端を窺った。 劉知幾は「師古」の立場から、経書を史書の淵源と位置づけて理想視し、当世の史書の叙述は衰退したとする見解を示していた。それは、南朝で流行した対句・麗辞による装飾的な措辞を用いた文体で史実を叙述する史書への否定として顕著に表れている。加えてその衰退の解消のために彼は、経書に回帰に向けた修辞法を『左氏伝』の叙述を基に提示している。 一方で、北朝を対象とした史書が、経書の文体を用いて叙述することも「随時」の立場に反するものとして否定していた。こうした彼が立論の際に立脚した「師古」と「随時」の二様の立場は、相矛盾するように見える。だが、それらは劉知幾にあっては、理想とした叙述態度である「実録」の理念への希求をもとに統合されていたと言える。かつまた、それぞれが史実を適切な文体を用いて叙述すべきであるという問題意識より発せられた議論であり、『史通』執筆の意図と深い関わりがあることも併せて指摘した。 |
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| 言語 | ja | |||||||||||
| 出版者 | ||||||||||||
| 出版者 | 國學院大學 | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||||||||
| 内容記述 | Departmental Bulletin Paper | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 書誌レコードID | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | NCID | |||||||||||
| 収録物識別子 | AN00087276 | |||||||||||
| 書誌情報 |
國學院大學紀要 巻 64, p. 61-83, 発行日 2026-02 |
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